精工の石英の腕時計は日本の未来の技術の遺産に選ばれますか?

60年代末、70年代初め、時計王国スイスが巨大な嵐に襲われ、歴史を「石英危機」と呼んでいた。その理由は、日本人が作った石英表の価格が安く、デザインも多様で、世界の時計市場を追い込んでいる。これにより瑞表の売り上げが急落し、3分の2の時計工業が消え、半分以上の時計メーカーが倒産し、大量のスイスブランドの倒産と消滅を招いた。

 
でも面白いのは、1つの石英のコアを発明した人は日本ではなく、スイス自身である。時間は1967年、スイスは第1の石英表の芯を発明した。しかし、最終的に先回りしたのは日本人だったが、現在、初の石英腕時計「セコQuartz Aston 35 SQ」は日本の未来技術遺産に選ばれた。

 
国立科学博物館は21日、19件の発明に選ばれた「重要科学技術史資料」(未来技術遺産)について、世界初の石英腕時計「セコQuartz Aston 35 SQ」を含むと発表した。

 
「セイコQuartz Aston 35 SQ」は諏訪精工舎(現セイコーエプソン)が製造され、1969年に発売された。この国立科学博物館は「時計技術に大きな改革をもたらした時計」という。